KUSUMOTO旅客機版 メモ編

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 ここは個人メモであり、どの本にも書いてあるような一般知識は載せていません。購入した約100冊の本から、興味を引いた貴重な情報を抜き出して記述しており、いずれ見やすいように整理します。

<目次>-----------

1○ボーイング747>

2○ボーイング767>

3○ボーイング777>

4○コンコルド>

5○DC-8>

6○DC-9>

7○エアバスA380>

8○エアバスA320>フライ・バイ・ワイヤ飛行方式

9○YS-11>

10○ボーイング707>

11○ボーイング727>

12○JAL(日本航空)>

13○ANA(全日空)>

14○旅客機サイズの需要>

15○航空用語の由来>

16○タイヤ>

17○機内食、パイロットの食事>

18○エアライン・パイロット>

19○客室乗務員>

20○国際線路線の特徴>

21○ジェットエンジン関係>

22○飛行機の安全性>

23○ヒコーキ雲、雲関係>

24○飛行している飛行機の数、旅客機メーカー>

25○ハイジャックの由来、迷惑行為>

26○旅客機の価格>

27○ステップ・アップ・クライム、最適巡行高度、オゾン層>

28○1964年の国際線の運賃>

29○航空会社の名前>

30○スチュワーデスのはじまり>

31○旅客機の整備士>

32○自動操縦(オートパイロット)>

33○急減圧&ゆっくりとした減圧>

34○離陸速度、ジェット機の特性>

35○非常脱出時のパイロットの役割>

36○パイロットの帽子>

37○パイロットのトイレの行き方>

38○サイレント・サーティ・セカンド>

39○空港での天気観測>

40○航空ファン>

41○旅客機の巡航時の迎え角度>

42 大型旅客機の飛行経路関係(どこをどんな風に飛行しているのか)>

43〇航空管制の世界>

44〇飛行機の重心、翼の温度>

45〇場所によっては太陽は西から登るように見える>

46〇空港に台風が接近したら>

47○旅客機の進化はヨーロッパから>

48○航空機は空気の密度(大気圧、気温、標高)の影響を大きく受ける>

49○偏西風とジェット気流>

50〇航空無線上の文字の通信方法>

51○飛行機とジェット・エンジン開発の歴史年表

52○空港関係

53○その他


1○ボーイング747>

 747は、元来は、米軍の巨大輸送機計画(この時の計画によってロッキードC-5ギャラクシーが誕生)のために設計され、太いボディ幅は8フィート(約2.4m)四方の貨物コンテナを二列に並べることを基準に設計された。

 機首部分はボディ幅が大きすぎてコクピットのサイズ(人間が手の届く範囲)には不適だったので、コクピットを2階に置くことにした。このコクピットは普通のビルなら3階に相応する高さである。よって、最初から2階建てを目的に設計されたわけではなく、その証拠に、初期の747(747-100型)の2階部分は、ファーストクラス客のラウンジとして使用され、窓が両方で6個しかない。当時、国際線の主流はDC-8かB707で航空運賃も高く、そこに2倍の容量を持つ500人乗りの747が登場すると、需要が見込めないために航空会社は初期は購入をためらっていた。

 ジャンボという言葉は、元々はアフリカのスワヒリ語で「こんにちは」という意味で巨大という意味はないが、1880年台にアメリカのサーカス師、P.T.バーナムがイギリスから贈られてアフリカから輸入した巨大なアフリカ象の名前がジャンボで、これから「ジャンボ=巨大な」という意味が英語に加わった。747の登場時に、英国、米国、又は日本?の記者が「ジャンボなジェット機」と呼び出して、ジャンボジェットという名前が定着した。その後、巨大な飛行機という意味で、日本の航空会社がDC-10なども「ジャンボジェット」という愛称を付けたこともあるが普及せず、747のみの愛称となった。

 ジャンボ1機に必要な塗料は約1トン強。乾燥重量でも400kgある。747にはドラム缶にして1000本以上の燃料が入り、後期の機種では尾翼内にも燃料タンクがある。747は空中に1分間浮いているだけで100リットルの燃料を消費し、燃料が1リットル73円とすると1分間に7300円の燃料を消費している。

 この大型旅客機の登場で大量高速輸送が可能になり、航空運賃が安くなり、空港ターミナルも拡大され、空港アクセスも便利になるなど、空の旅が身近になった。小型旅客機は、現在でもバス2、3台で飛行機の側まで輸送されることもあるが、ジャンボのように300-500人を輸送するにはバスが10台も必要になるので、空港ロビーから直接乗り入れ可能な方式が普及した。

 747の翼は飛行中に、わざとたわむように設計されており、このたわみによって乱気流の影響を胴体に伝えないようになっており、巨大な重量もあいまって飛行中の揺れが少ない旅客機だった。747の主翼は、高速輸送時代に設計されたので後退翼の角度が大きく巡航速度が大きいものであるが、近年のジェット旅客機は経済性重視でマッハ0.8ぐらいの亜音速で運行されており、マッハ数が0.02遅いだけ(飛行時間3時間で5分遅くなるだけ)でも燃費はかなり向上する。主翼は燃料満載時は約1.5m下方にしなっており、飛行中、翼端で3-4mしなっても問題なく、仮に翼端が7mしなった時点(飛行中にここまでしなる事はない)で破壊する程度の柔軟性がある。

 ジャンボの外板の厚みは最小で厚さ1.6mmで、内側に厚さ15cmの防音断熱材を貼り、内張パネルで覆っている。高空で飛行中は外気が0.2気圧である中、機内は0.8気圧に与圧されているが、この状態でも外板の破壊強度の4分の1以下となっており、安全が保たれている。747のエンジンは火災の時には、翼を破壊しないように機体と接続している接続ピンが溶融してエンジンポッド自体が脱落する設計になっている。

 また、機体自体は、毎日3回休まず54年間飛行して初めて金属疲労が起こる程度の精度で設計されている。ジャンボの場合、世界中のジャンボ100機を1グループとして各飛行時間が1-2万時間に達する間にサンプルチェックを行い、その結果をボーイング社で集めて、問題があれば航空会社に通告される形式だった。日本の国内線では最近は食事は出さないが、長距離の国際線では一人当たり1.5-2食分の食事と飲み物類を搭載しており、これらの重量で約6tにもなる。ジャンボの就航していた空港が広く、ジャンボ自体が巨大ということもあってタキシングスピードは遅く見えるが、実際には、タキシングで滑走路に向かう時は時速70km出ており、この速度で急ハンドルすると、最前列や最後尾の乗客は大きな旋回Gを受けて乗り心地が悪かったそう。

 航空業界ではBoeing 747はB4やジャンボと、737はB3、777はB7又はトリプル7と略して呼んでいる。大型旅客機は、重量が大きいので惰性力が大きくて揺れにくいが、飛行中はパイロットが操縦桿を倒しても、旋回を開始するまでには数百メートル直進するので、旅客機同士のニアミスで100mまで近づいた時には、すでに遅いという状態らしい。長年、ジャンボの機長を務めた人の証言によると、ジャンボは重量があるので惰性がついて何事もワンテンポ遅れるが、慣れてしまえば揺れずに安定して飛行し、操縦しやすかった飛行機であり、巨大なために狭い空港での地上走行が一番難しかったそう。

2○ボーイング767>

 767は、座席配置が2列-3列-2列となるように設計された。これは、旅行客は2人連れが一番多いとともに、この席配列では、85%の人が窓側か通路側に座れるので、席に挟まれる中間席の割合が少なく、快適性が高くなるためである。また搭乗率が85%以上になるのは、年始年末など特別な時であるので、通路側か、窓側に座れる可能性が高い。また767は搭乗時のドアが、オープン時に上部に格納される特別仕様であるが、このドア開閉方式は、その後のボーイング機のスタンダードにはならなかった。

3○ボーイング777>

 777は一昔前のプロペラ機(YS-11)よりも静かであり、ジェット・エンジン2つで4発の747並の乗客を運ぶことができるので経済的であり、結果として747を駆逐することになった。777に搭載されているエンジンは、吸気する空気の10%しか燃焼に利用しておらず、90%はファンで大量の空気を噴出する(巨大な扇風機のようなもの)ことによって強力な推進力を得ている。747はエンジンが4発で、今となっては旧式の燃費の悪いエンジンを使用し、パイロットを含めて総勢20名近くのクルーが必要(乗客が1人でもフライト・クルーを減らすわけにはいかない。)なのに対して777は燃費効率の良いエンジンが2発であるので、乗客数が多少減っても利益が高まるので747の後継機種として777が主流になった。777では、はじめてフライ・バイ・ワイヤが採用され、その後、ボーイング737maxなどは、フライ・バイ・ワイヤ・システムが採用されているが、旧型のボーイング737と同じ感覚で操縦できるように、フライ・バイ・ワイヤの操縦フィーリングを消す味付けがされている。777はボルト、リベットなどを含めると約300万個の部品で構成され、ボルト、リベットを除くと約13万2500個の部品から構成されている。ちなみに747は約600万個の部品から構成されていたので、ほぼ同じ大きさの747に比べて部品点数が半減されている。

4○コンコルド>

 コンコルドはマッハ2で巡行する旅客機として有名であるが、フライ・バイ・ワイヤ技術を世界で初めて採用した旅客機でもある。コンコルドは超音速で巡航するために戦闘機のようなアフター・バーナーを装備していた。
 コンコルドのジェット・エンジン(ロールスロイス&スネクマ社製Olympus 593)の資料によると、アフター・バーナーは通常の約2倍の燃料を消費し、推力が20%増しになっていたそうで、マッハ2まで加速した後は、アフターバーナーなしでマッハ2で巡航可能だった。

 空気の薄い高空ではスピードを出しやすいので普通のジェット旅客機の最高高度である約4万フィートの上空、約5万フィート(高度5万フィートでは地球の丸さを実感できるそうだ)を飛行し、当時、この空域はコンコルドの独占状態となっており、混み合っていないのでパリからニューヨークまでほぼ直線で飛行していた。また、高度3万5千フィート以上では宇宙線による被爆が深刻となるので、コンコルドのパイロットは被曝問題の関係で数年ごとに機種転換を行っていた。コンコルドのような大面積のデルタ翼機は、地上付近では大きなグランド・エフェクトが発生するので、着陸速度が比較的早くても極めてスムースに着陸ができていた。コンコルドは累計で約16機製造され、最も数多く超音速飛行した機体は累計で7000回以上、超音速で飛行した。

 ジェット戦闘機は多くの種類で超音速飛行可能であるが、毎回超音速で飛行するわけではないので、「多くの客を乗せて毎日、マッハ2以上で飛行していたコンコルド」は、まったく別次元の乗り物だったかもしれない。
 超音速で飛行すると、機体と空気との摩擦(正確には大気の断熱圧縮)で機体外面が加熱されるので、コンコルドの窓はなるべく小さく設定され、「ハガキ(または大人の手のひら)」サイズしかない。コンコルドの詳細はconcordesst.comで詳細に解説されており、最近はグーグル翻訳機能を使うと日本語でかなり自然に読むことが可能。

5○DC-8>

 ダグラス社のDC-8は、ボーイング747が登場する前ではボーイング707と同じ程度の国際線規模の最大旅客機で旅客機の名門ダグラス社が、ボーイング707の開発に刺激を受けて開発した飛行機。今となっては危険だがDC-8は飛行中にスピードを落とすためにエンジンの逆噴射ができる仕組みになっていたが、羽田沖で逆噴射による墜落事件以降、現在ではほとんどの旅客機は安全のために着陸した後でないと逆噴射できないようになっている。

6○DC-9>

 ダグラス社のDC-9(ダグラス・コマーシャル ダグラスの民間機という意味)は、戦闘機専門だったマクドネル社と合併してMD80シリーズ(マクドネル・ダグラス)と呼ばれるようになり、その後、ボーイング社と合併してボーイング717という型式で呼ばれるようになっている。ちなみに、DC-9以前にボーイング717という旅客機が存在しなかったのはボーイング707が開発された時に、707の軍用バージョン(後のKC-135で、707はKC-135開発時の旅客機応用版として開発された。)を717として使用する予定にしていたが、結局、違う形式(C/KC-135)になったので欠番になっていた。ちなみに、DC-9や727など、エンジンが後ろについている小型旅客機は、地上でエンジンを軽く逆噴射させることによってバックすることが可能であり、広大なアメリカでは普通に自力でバックしていた。

7○エアバスA380>

 A380は、座席配置から考えると、ボーイング747の上にエアバスA300が載っているぐらい、広い客室空間を有している。A380は巨大すぎるので空港において安全に通過できる誘導路は限られており、誘導路を間違えると立ち往生してしまうので、あらかじめ誘導路を機体の空港データべースに入力しておくと、着陸時に自動でブレーキをかけて目的の誘導路に入るのにちょうど良いスピードにする機能が備わっている。

 部品は世界30カ国1500社から調達。基本的には、前もってプログラムされた目的地をインプットしておけばコンピュータが機体を目的地に運ぶようになっている。最近のエアバス機はエアバス機同士でパイロットがスムースに機種変更できるように、操縦性能が同一になるようにコンピュータで調整されており、A380のコクピットは従来機のコクピットからの目線と違和感がないようにビルの1.5階ぐらいの位置に設定された。A380では、燃料が最大で31万リットル入り、空の状態から満タンにするのに、最新の給油システムを用いても30-40分かかる。A380は開発の順番からいうと、A350と名付けられるべきであるが、二階建てであり、8という数字が、0が縦に2つ重なったように見えるので、あえてA380という名前になり、その後、エアバス版B787ともいえるA350が開発された。

8○エアバスA320>

 A320は、コンコルドで採用されたフライ・バイ・ワイヤ・システムが装備されており、パイロットが危険な操作をしても飛行機にプログラムされている運用限界(フライト・エンベロープ(=飛行包囲線、迎え角、速度、高度の飛行領域))以上の運動は「飛行機が無視して安全な範囲内にとどめる」設計になっている。

 例えば、パイロットがサイド・スティックを思い切り、機首下げ方向に押し込んでも、安全保護機能が動作して、オーバースピードにならないようになっている。また、オートパイロットで飛行中は33度以上に横に傾くことはなく、パイロットが、サイド・スティックを横方向に思い切り押し込んでも、機体は最大で67度以上は傾かないようになっており、サイド・スティックを離すと、傾きは自動で33度に戻り、そのまま33度を維持して飛行を続ける設計になっている。急旋回などで必用に応じて33度以上を保持するには、こまめにサイド・スティックを操作する必要がある。また、重力加速度が常に1Gになるように飛行する(最大で2.5Gを超えることは飛行機が許さない設計)のも特徴で、これは上下方向にほとんど揺れないという状態を作り出して乗り心地の良さに貢献している。

 さらに、「アルファ・フロア(失速しそうな状況になると自動的にエンジン推力が増加して強力に上昇し、失速姿勢を防止する機能。アルファは迎え角という意味。)」と呼ぶ失速(ストール)防止システムがあって、失速を予防する保護プログラムが作動するようになっている。例えば、巡行時などフラップを収納した状態では迎え角が13度を超えた時、フラップを出している時は一定の迎え角を超えた時に、アルファ・フロアが作動し、ある一定以上の迎え角(最大の迎え角= アルファ・マックス)以上にならない(=アルファ・マックスの角度を維持して飛行を続ける。)ようになっている。

 パイロットは離陸・着陸時以外で用事が無い時は、サイド・スティックを触る必要(強い力で触ると、自動的にオートパイロットが切れて「プルッ、プルッ、プルッ」という警告音がなる設計になっている)はなく、飛行中はフライトコントロール・ユニット上のつまみを回して飛行条件(スピード、方向、高度)を変えたり、引っ張ったり(状況に応じてパイロットが設定した条件での自動飛行)、押し込む(フライトプランで最初に設定済の条件での自動飛行)操作ぐらいの操作をしながらオートパイロット機能で事前の飛行プラン通りに飛行している。

 エアバス機のサイド・スティックはマニュアル操縦時には柔らかくて操作が可能であり、手を離すとスティックは中立位置に戻るが、機体の傾きなどの飛行姿勢はそのまま保持される。つまり、目的のバンク角、迎え角になるまでスティックを操作する(実際には、パソコンキーボードのカーソルボタンと同じような操作をサイド・スティックで行っている。)と、その角度で機体の姿勢がずっと保持されるようになっている。一方、オートパイロット設定時には、サイド・スティックは固まって容易に動かなくなる。しかし、非常時にパイロットが力ずくで動かそうとすると「ガチャン」という音がして、柔らかい感じが戻り、オートパイロットが外れた事をパイロットが明らかに認識できるようになっている。しかしながらオートパイロットが外れても、アルファ・マックスやアルファ・フロアといった安全保護機能が解除されるわけではなく、失速を防止して機体を危険な状態にさせないようになっている。(ただし、近年のエアバス機は、最悪時には一定の操作をすると保護機能が外れる仕様になっているらしい。)

 よって、パイロットがコクピットに2人いるならば「意図的に墜落させることが出来ない」ぐらいの設計になっている。しかしながら、過去に実際にA320を故意に墜落させたパイロット(ジャーマンウイングス9525便事件)が存在するのも事実であり、これは意図的に機長をコクピットから閉め出して一人状態を作り出し、計画的に墜落に至る状況を作り出していた。現代はパイロットの精神状態の管理が安全に寄与する時代ともいえる。

 フライ・バイ・ワイヤのプログラムは、同時に故障しない&不具合が起きないように、2つの独立したグループが設計したシステム(それぞれ独立して設計された3系統と2系統の合計5系統)を飛行中に両者をクロスチェックしながら動いている。パイロットの操作信号は2種類のコンピュータを経由したあとに、舵面のアクチュエータに送られる。

 フラップやレバーは、飛行中に押せば動くというものではなく、誤動作を防ぐために、機械的ノッチやつまみを同時に動かさないと動かないようになっており、さらに作動に際しては、速度などの観点からコンピュータが安全保護機能で見張っている。

 エアバス社はフランスの本社に、世界からパイロットを受け入れてエアバス機操縦の訓練を行う、フライトシミュレータ・センターがあり、A320以降のエアバス機については、「飛行機が失速状態になりえない」プロテクション機能が標準なので、フライトシミュレータによる訓練でも、「失速はありえないので失速状態の手前までの操作しか体験させる必要がない」という状態になっている。また、実際の飛行機では行わないが、訓練に来たパイロットに最初にシミュレータ上で乱暴な操作をさせて、飛行機の強力な安全保護機能を体験させるらしい。

 ちなみに、サイド・スティックは、コンコルドの実験機で使用していた時代からの流れであり、コンコルドの実験機では右側サイド(副操縦士側)にサイド・スティックを設置して、実験していた。サイド・スティックの飛行機としてはF-16が有名だが、F-16は機動性能を最優先させた戦闘機なので、何もしなければ不安定(=機動性抜群)で、まともに飛ぶことは出来ず、フライバイ・ワイヤでコンピュータ制御することによって、安定して飛行し、パイロットの疲れ軽減を図っている。

 エアバス社のフライ・バイ・ワイヤの仕組みは、講談社「エアバスの真実」、イカロス出版「インテリジェント・ジェット エアバスA320」に詳しい。また、「alpha protection airbus」で動画検索すると動作状況を見ることが可能であり、パソコン上で体験したい人には、「Aerofly FS2 flight simulater」でエアバスA320を選択し、パソコン用の戦闘機用のフライトスティックを使用すると、本物にかなり近い体験が出来る。マイクロソフトのフライトシミュレータ FSXでのA320の操縦方法はフライバイワイヤをまねたものであり、雰囲気は味わえるが、本物とは異なる。また、FSXのアドイン・ソフトであるAeroSoft Airbus 320はエアバス社公認のソフトウエアであるので、かなり本物に近いが、逆に本物に近いので、エアバス機の操縦になれた人から説明を受けながら操作しないと、まともにフライト出来ない困難さがある。

9○YS-11>

 YSは、輸送機(Yusouki)設計(Sekkei)研究協会の頭文字でYS、11はジュウイチではなく、第一案のエンジン・プラン(ロールスロイス製ダート10)、第一案の主翼を採用したので、名前がつけられ、「YS イチイチ」と呼ぶのが本当の読み方。YS-11を操縦していたパイロットの回顧録によるとYS-11はボーイング727や737に比べてコクピットの居住性が悪く、エアコンの効きが悪いので夏場は蒸し風呂状態だった。プロペラがついているので、プロペラ機に見えるが、ジェットエンジンでプロペラを回しているので、専門的にはターボプロップ機と呼ばれる。短距離で着陸するために、着陸後にプロペラのピッチを逆にして逆推進力を生み出すために、全長2mぐらいの特別大きなプロペラを採用している。

10○ボーイング707>

 ボーイング社のジェット旅客機第1号は順番からいうとボーイング700になるはずだったが、ボーイング社は広告エージェンシーのアドバイスを採用して707と命名した。英語的に発音してセブン・ハンドレッド、セブン・オウ・オウよりもセブン・オウ・セブンの方が響きが良いのとラッキー7で終わるという意味もあったらしい。707はKC-135開発時の旅客機応用版として開発された。当時、国際線の有力なライバルとしてDC-8があったが、707はAPUを内蔵しており、自力でエンジンを起動させられるという特徴があり、APUがあるとエンジンが動いていない条件で、エアコンが使用できたり、天候の都合で意図しない空港に着陸しても自力でエンジンが起動できるという利点があった。

11○ボーイング727>

 本を読んでいると「昔は大阪ー東京間を片道30分で飛行したこともある。」という記述もあるが、これは727が導入された時期の話で、727は当時の大型のDC-8に比べて小型ながらスピードが速いことがセールスポイントであり、昔は飛んでいる旅客機が少なく、冬場の強い偏西風にのって、ほぼ直線ルートを飛行出来たので30分以下の飛行が可能となっていた。しかし、現在では飛行機も増えて安全運航のために、何でも航空管制に指示されて飛行するので、大阪ー東京間は1時間程度かかっている。

12○JAL(日本航空)>

 JALが日本で初めてジェット機を導入した時に、ボーイング707ではなくダグラス社のDC-8を導入したのは、それまで旅客機の名門であるダグラス社製飛行機を運用していた&戦時中、爆撃機B29を生産していたボーイング社を考慮したためと考えられている。日本航空は、空港の発着制限の関係で少ない便数で多くの乗客を運ぶ必要があったので、世界でも最多の累計110機以上のボーイング747を導入し、最多時には74機を運行していた。日本航空の鶴マーク(丹頂鶴)は、一時期廃止され、最近、復活したが、昔とまったく同じ図柄ではなく、新しい鶴丸マークは、昔に比べて鶴の翼の切れ込みが長くなっていたり、JALという文字の書体が明らかに異なっている。JALグループは1日に約1000便を運行しており、延べ150人、常時約100人の専門スタッフが24時間体制で本社ビルの高層部にあるオペレーション・コントロールセンターで働いている。日本航空は、ほぼ国策会社として設立され、設立当初はアメリカの飛行機、アメリカ人パイロットがほとんどで、日本人パイロットは当初、客室乗務員として勤務し、アメリカ人パイロットの操縦を後ろから盗み見て操縦を覚えていたというエピソードが残っている。日本航空では、国内線でも外国人が明らかに搭乗していることが分かるとキャビン・アテンダントが日本語に加えて英語でもアナウンスする。

13○ANA(全日空)>

 全日空(全日本空輸)に改名する前の会社名は日本ヘリコプター輸送株式会社だったので、昔の全日空機には、レオナルド・ダ・ビンチの発明した人力ヘリコプターをアレンジしたロゴマークが使用されていた。1970年代、JALのパイロットの制服は有名デザイナーの石津謙介氏のデザインに対して全日空の夏服は開襟シャツだった。昔は、JALのパイロットは貴公子と呼ばれていたのに対して全日空のパイロットは野武士と呼ばれていた。初期の全日空パイロットは各所からパイロットを寄せ集めした集団であったのでイタリアのバレエ学校出身者、元バイオリニスト、医学部出身、元歯科医など様々な経歴の人が多く、地球上でも最も気候変化の激しい日本国内を日に何回も離着陸を繰り返して自然に鍛えられていた。元来、全日空のパイロットは国内線を飛ぶ人が多かったので、国際線に進出した当時は英語が苦手な人が多かった。黎明期の全日空パイロットについては「機長! (井上 博 著)」に詳しい。

14○旅客機サイズの需要>

 欧米では、ボーイング747クラスが1機とすると、B767クラスは2機、B737(A320)クラスは5機ぐらいの比率で需要があり、B747クラスの旅客機は国際線や長距離路線でしか利用価値がない。よって、結果としてB737や、ライバルのエアバスA320(AはAirbusのA)が大量に生産されている。2019年の記事によると、座席数が200席未満の小型旅客機は旅客機市場の7割を占めており、例えばB737シリーズは2018年には約600機程度生産されている。当然、ライバルのA320シリーズも同程度生産されており、B737とA320シリーズだけで年間1200機づつ増加していることになる。日本は基幹線(羽田⇔札幌、羽田⇔福岡、羽田⇔大阪、羽田⇔沖縄)を中心に一度に大量に人を運ぶスタイルだったので、747やDC-10、トライスターなどの大型機が運行の中心であり、これは世界的に見ても特殊な市場だった。

15○航空用語の由来>

 航空用語は基本、船の習慣に基づいており、機体はシップ(船)、機長はキャプテン(船長)、客室乗務員はスチュワード(女性はスチュワーデス)、クルーは船の乗組員、空港(エアポート)は空の港、客室はキャビン、着陸(ランディング)はLand(上陸)に、パイロットは水先案内人、パイロット服も船長由来、コクピットはコックピット(鶏のカゴ)で、昔の飛行機の操縦席が鶏のカゴのような形だったからと言われており、狭い空間(コクピットは2人のパイロットが5点式シートベルトをした状態で常に操縦計器に手の届く範囲で設計されている。)を意味しており、昔から小型船の操縦席をコクピットと呼んでいた。テイク・オフは体操の跳躍板(踏切)に由来。搭乗をボーディングというのは、ボード(板)に乗るという意味で、昔の客船が板を伝って船に乗っていた時の名前が残っているから。客が乗る所はメイン・デッキといい、B747のように2階部分はアッパー・デッキと呼ぶ。

16○タイヤ>

 ボーイング747以降の旅客機については、タイヤの車軸部分に荷重計が仕込んであり、航空機の自重が分かるようになっている。旅客機のタイヤには窒素ガスが充填してあり、777クラスでは離陸時にタイヤ1本で25トンを支えており、着陸時よりも重量の重い離陸時のほう(25トンの荷重で時速300km)が、タイヤの負担が重い。1本のタイヤでは約1500回のフライトに耐えられる。旅客機は地上にいると1円も利益を生まないので、なるべく飛ばす努力が行われており、タイヤの出番があるのは離着陸時と、地上にいる時ぐらいであるので、タイヤは小さく丈夫に作られている。そうはいっても、大型機のタイヤ(バイアス・タイヤ)は、(一本200万円以上、大型機では25本程度必要なので総額5000万円程度)、直径125cm、幅45cmもあり、着陸時には一瞬で回転数0から時速260-300kmに変化するので400-430℃の高熱になる。A320や777といった最近の新型機は、発熱が少なく、軽量なラジアル・タイヤが採用されている。タイヤの温度は次のフライトの離陸時の安全性に影響するので、パイロットは、着陸時にタイヤ温度がなるべく上がらないような着陸方法、ブレーキ操作になるように心がけている。

17○機内食、パイロットの食事>

 ビーフ?魚?と聞かれるのは、宗教上の理由で牛や豚を食べられない人への配慮で、全員がどちらかを選べるほど、多くの機内食を準備しているわけではない。食中毒防止のためにパイロット二人が同じ食事を食べないのは有名であるが、パイロット二人が同時に食事することもなく、片方が食事が終わってお腹を壊さないなど、ある程度時間をおいてから残った一人が食事を開始する。食事自体もお客と同じものを食べているわけではなく、国際線では短時間で食べられるようにカレーライスやオムライス、国内線ではお弁当が配給されている。国内線では客の登場を待つ間に弁当を食べることが多く、弁当は高さ5cm程度の箱に入ってくるので、ボーイング系の飛行機では箱をヒザの上において、箱の上に弁当をおいて食べているそうだ。また、エアバス系の飛行機ではテーブルがついているので、テーブルに載せて食事する。また、巡行高度が高い場合は、一人がトイレに行く際は、残されたパイロットは緊急時に備えて備え付けの酸素マスクをつけている。飛行中にジェットエンジンで発生させる電力の7割近くが機内照明や、食事を温めるための電力に使用されており、最近では、カート内にセットされた食事のメインディッシュの下部分にヒーターが入っていて必要なところだけ加温する仕組みになっている。成田空港付近にある機内食を専門に製造しているメーカー東京航空食品(現TFK社)では一日で120-150頭分の牛肉のステーキを作り、毎日9000食の機内食を提供していたという。

18○エアライン・パイロット>

 客が数人しか乗れない旅客機を除くと、エアライン・パイロットは、安全のために2人乗務して操縦することが基本となっており、基本的には機長(キャプテン)が操縦、副操縦士(コーパイ)は無線を担当することになっている。また、誤操作を防ぐために、何をするにしても、例えば機長が「フラップを1にして」と命令し、副操縦士が「フラップを1にします」と確認してから操作するようになっている。基本的に何種類ものチェックリストをチェックしながら作業を進めるのが基本であり、旧型ジャンボの場合には出発前に125項目の点検項目があったという。

 具体的には、操縦を担当する人はPF(Pilot Flying)、補佐役のパイロットはPM(Pilot Monitoring、モニタリング(操縦以外のことをほとんど担当する)するパイロット)と呼ばれ、多くは機長がPF、副操縦士がPMの役割だが、機長資格を有する人が2人乗務する際は、PFとPMを割り振ったりする。PMの業務はすべてPFの指示で行われPFは自分の出した指示と異なる場合、注意してやり直させる。もちろん、機長が何かの動作を忘れた場合、間違った場合は、副操縦士が指摘することは仕事のうちである。

 長距離路線では、大人同士が、狭いコクピット内で、10時間程度、緊密にやり取りする職場であり、当然、人間同士なので気の合わない場合もある。よって、航空会社には「〇〇さんとは、一緒の操縦にしないで」という人間関係の申告制度があって、航空会社は、旅客機が円滑に運行できるように配慮している。また、世間話をしないで仕事で必要な会話だけを行う「仕事専念タイム」の制度もあるらしい。

 パイロットの組み合わせはフライトごとにコンピュータで経験と資格を参考にしながらランダムに決められ、一回のフライトが終わると、同じメンバーで再び仕事をするのはいつの日かわからない。

 国際線は一日一便が基本で韓国や中国に限って日帰りという場合もある。また、8時間を超すフライトの場合は機長2人を含む3人で交代に操縦することもある。ニューヨークやヨーロッパなどの遠くの路線を往復した場合には通常は4日休めることになっており、パイロットの勤務としては、日本在住に限らず、例えば、出向でローマに駐在し、そこを拠点にパイロット勤務をする場合もある。また、フライトを始める勤務地までの移動で一般乗客として搭乗する勤務は「デッドヘッド」と呼ばれる。ジェット旅客機は100-500億円もするので、地上で遊ばせている訳もなく、可能な限り飛行させて利益を稼ぐ。そのために旅客機1機の運行に関して機長、副操縦士を含めて約10人のパイロットが必要になるそう。

 パイロットが操縦する機種は会社の指示によって決定され、機種が決まると航続距離によって外国長距離路線か外国短距離路線、国内線などが自然に決まるようになっている。また、パイロットは資格によって操縦可能な機種が限定されているので、同じ機種仲間は顔見知りであるのに、違う機種のパイロットとは疎遠であることが多いとされる。

 一方、客室乗務員は、十数人のチームで仕事をすることが多くチーフを中心にして約1年間同じメンバーで仕事をしている。

 パイロットは心身ともに健康であることが基本であり、飲酒は飛行12時間前までに制限され、風邪薬さえ飲んだ状態では勤務できない。最近では花粉症対策として乗務中でも使用できる点鼻薬や点眼薬が開発されている。パイロットは安全第一が最優先され、例えば日本航空では「安全性を第一として、同時に定時性、快適性、できれば経済性にも配慮しなければならない」と運行規定に定めている。現在のパイロットには名人芸的操縦技術は期待されておらず、一か八かという着陸は禁止されており、安全ルールにしたがって、B747では総勢20人近くのクルーをまとめながら運行する能力が問われている。

 ハイジャック防止のために、パイロットは客の搭乗前に乗り込み、すべての客が降機した後に、飛行機を離れるのが基本となっており、トイレを除き、飛行中に機内を歩き回ることはない。また、最近では徹底したハイジャック防止のために客室で何かあった場合、絶対にコクピットのドアを開けることはないという。 
 パイロットやフライト・アテンダントは土日も正月もなく、機材計画、運航計画、人員配置、資格など様々な要件を勘案してスケジューラーと呼ばれる人が勤務日程を決定している。よって、例えば日本航空では、パイロットの勤務予定は毎月25日に発表されることによって来月の乗務パターンが分かるようになっている。

 パイロットの出勤時間は、フライトの都合によって決まり、出社するとすぐにフライト準備にとりかかるので、管理職でない限り、会社に自分の机というものは存在しない。よって、一番座っている時間が長いのはコクピットのシートということになる。日本の大手エアラインでは、副操縦士を10年程度務めた後に機長昇格課程の受験資格が得られる。大手エアラインの国内線パイロットは月に20回着陸、長距離の国際線では月10回着陸し、着陸技術がさびつかないように、年に数回、シミュレータで通常及び非常時の訓練を行っており、プロパイロットはスピード、高度もきっちりと制御できるような訓練を行っている。

参考文献>「プロフェッショナル・パイロット」イカロス出版、「ザ・グレート・フライト」講談社、「機長たちのコックピット日記002便」朝日文庫。

19○客室乗務員>

 客室乗務員の本業は保安要員で、緊急時の酸素マスク装着、救命胴衣の着用の指導、脱出誘導などのために乗務しており、ついでに乗客へのサービスをしているだけ。元来は男性の仕事でスチュワード(船の執事)、女性版がスチュワーデスと呼ばれた。最近では「キャビン・アテンダント(CA)」と呼ばれることもあるが、これは和製英語で外国人には通用せず英語では「フライト・アテンダント」「キャビン・クルー」が標準。

20○国際線路線の特徴>

 日本出発の太平洋路線では、偏西風の影響が強く、例えば日本からハワイに行く場合、行きは約5時間、帰りは約9時間になり、途中で着陸せざるを得ない時にはミッドウエー島が候補になる。オーストラリアなどの路線では、赤道付近(赤道収斂体、せきどうしゅうれんたい)に発生する積乱雲による乱気流に注意する必要があり積乱雲の合間を抜けながら飛行する場合が多い。中国路線では、中国管制と中国機は中国語で会話している場合が多く、外国パイロットはどこに中国機が飛行しているか不明な場合があって緊張している。ヨーロッパ路線では、ロシア上空を飛行することが多く、緊急着陸した場合に、機体整備がうまくゆかず、日本から整備士や機材を空輸する必要がある。アラスカのアンカレッジでコンパスを見ると実際の北極とは20度近く違う値を示し、さらに北極に近づくと方位磁石は70-80度も違う方向を示し、北極の真上ではコンパスの針は一瞬どちらを示すべきか考えたように動かなくなり、北極点を通過したとたんにグルグルと回り出し、最後にはずっと真南を示す。

真冬のアンカレッジは昼間の気温が氷点下-20℃で日照時間が5時間しかなく、暗くて寒い場所。決まった飛行ルートを飛ぶのではなく、運航当日の天候や風などを予測して飛行時間が短く、最も燃料消費などの効率が良いルートが選択されており、これを専門用語で「ミニマム・タイム・トラック(MTT)」と呼ぶ。冬期のヨーロッパは、ヨーロッパ大陸のほぼ全域が低層雲で覆われる。

21○ジェット・エンジン関係>

 ジェット・エンジンが4つついているのは主に長距離用大型機であるが、(最近はボーイング777、787などのように双発機もあるので、一概にはいえない)パイロットとしては4発あると最悪1発でも目的地まで行くことができるので安心している。大型機で国際線、長距離路線で空気の薄い真夏に、満員状態で離陸する時が、旅客機にとって最も過酷な状態であり、ジェットエンジンはエンジンの最大出力に近い出力を出さねばならず、離陸出力を安定して出すことができるのは5分間と言われている。実際には、旅客機が滑走路を使用する時間は平均2分間といわれているので、最大出力を5分間も使用することはマレといえる。

 基本的にジェット機の燃料は灯油と同じもの(ケロシン)であるが、水分があると冷たい上空で水分が凍ってパイプがつまるので水分を徹底的に抜いたものを使用している。また気圧の低い上空で沸騰しないように添加剤が加えてある。ジェット機の燃料は最後の一滴まで使いきるものではなく、ある程度の量はタンクに残っていなければならない。これは機首を上げ下げしたときに燃料がエンジンにいきわたらず。エンジン停止の可能性が高いからである。よってパイロットは燃料をなるべく残しておくように心がける。最新のボーイング787は違うものの、それ以前の最近のジェット旅客機は、ジェットエンジンの高圧空気を適切に加工して客室内の与圧に利用しているので、大気中の花粉や細菌は、高温高圧の圧縮空気中で燃焼し、客室には入らないようになっている。ジェットエンジンのジェット部分の廃棄速度は時速1440kmと猛烈ないきおいだが、現在ではジェット噴流の約9倍の体積の大気をファンブレードによって噴出しており、この低速低温噴流がターボジェット噴流を包み込むことによって騒音が大幅に抑えられている。

22○飛行機の安全性>

 テロを除くと、統計で見ると飛行機に毎日乗って事故に合うのは438年に1回。飛行時間10時間のホノルルー福岡の飛行を14万3000回往復(2750年かかる)してはじめて事故に合う確率。航空機事故の7割は人間のミスによるもの。一般に、新開発の飛行機は快適性が高いが、新しいシステム由来のトラブルが多く、数年してトラブルが出尽くし、対応策がとられてからが、最も安全な状態となっている場合が多い。つまり、開発されて10年程度経った旅客機は故障しやすい場所も分かっているので一番安定して運航できるといわれている。一度、離陸してしまえば、航空管制によって航空機は一定の範囲の安全空間を所有するので他機と衝突の可能性は低くなるが、空港では狭い空間に大型機同士がすれ違うことになるので、他機との接触という点では空港の方が事故の危険性は高い。

23○ヒコーキ雲、雲関係>

 ヒコーキ雲がはっきりと見えるのは上空(高度8000-10000m)に水蒸気が増えている証拠であり、翌日は曇りになる確率が高い。また、うねったようなヒコーキ雲は、上空を強い風が吹いている証拠なので急に天気が変わる可能性がある。

 雲の形は、気流の状態をそのまま示している。気流が安定していれば雲は薄く横に広がるから層状の雲になりやすい。反対に積乱雲(入道雲)のように雲が縦方向に積み重なるような形をしているときは縦方向に気流が上昇、下降していることであるので揺れる可能性が高い。積乱雲の中は激しい乱気流があり、時には大粒のヒョウが360度の方向から襲い掛かってくるそうだ。日本上空は強いジェット気流が吹いているので世界でもトップクラスの空の難所と言われている。パイロットで揺れの名所として知られているのは鹿児島周辺。松島、仙台、三沢の辺り。岩国付近もよく揺れるそうだ。パイロットは飛行中に、入道雲を常に監視しながら避けて飛行し、赤道付近を通過する東南アジア線、オセアニア線では、入道雲を避けながら飛行する場合が多い。パイロットの感覚としては、雲一つない状況は、気流の流れが不明なので不安であり、むしろ多少、雲がある方が気流の流れ方が雲の形で見えるので安心らしい。夜間飛行の際は、雲の形を見やすくするために、コクピット内はつねに薄暗くしている。雲は水蒸気の上昇に伴って作成され、高度1500mぐらいから生成し、極地では高度8km、赤道上では高度18kmの対流圏の中に存在する。これは30センチの地球儀ではボール紙1枚分の地表付近の大気中で起こっている現象に相当する。

24○飛行している飛行機の数、旅客機メーカー>

 
 世界中では、この瞬間に13000-16000機の旅客機が飛行している。アメリカ領空内は平均して1時間に200機以上が飛行しており、常に一日に5000機以上飛行している。


 稼働している航空機の数は貨物用を含めると24000機、2500機が倉庫にある。軍用機を含めると39000機があると推定されている。今現在、旅客機メーカーとしては、ボーイング、エアバスが世界の中型旅客機以上の約80%を占めており、その他にボンバルディア、エンブラエルを含めて「世界の旅客機4大メーカー」と呼ばれているが、旅客機メーカーとしては100社以上ある。元々、ボーイング社、ユナイテッド航空、エンジンのプラット・アンド・ホイットニー社はユナイテッド・テクノロジー社というグループを形成していてつながりが深い。

25○ハイジャックの由来、迷惑行為>

 ハイジャック(航空機の乗っ取り)という言葉は禁酒法時代のアメリカに現れた密造酒の追い剥ぎ犯罪が元で、密造酒を運ぶトラックにヒッチハイクを装って、「ハーイ、ジャック(ジョン(=ヨハネ)のニックネーム)」と声をかけていたのがはじまり。2001年のアメリカの同時テロ以来、コクピットのドアは強化型に変更され、多少のことでは開かなくなり、パイロットはトイレにいくにも客室乗務員と連絡を取り合う複雑な種順に変更された。現在では犯人がナイフで客室乗務員を脅してもコクピットのドアを開けるパイロットはいないとされる。また、客室乗務員がコクピットに飲み物を運んだり書類を届けるにも暗号を用いた連絡手段を使っているとされる。機内での迷惑行為については、乗務員はサッカーの審判のようにイエローカードを出し、それでもやめない場合には機内に搭載されている手錠をかけたり警察に引き渡す権限があり、近年は実際に実行されることが多くなっている。

26○旅客機の価格>

 2017年時点の1ドル120円の設定でのボーイング機とエアバス機のカタログ価格(定価)。B777-300ER 417億円、A380 524億円、B787 275億円、B737-800 118億円、A320 119億円。実際には開発の早い段階で契約すると3割引であったり、まとめて数十機発注すると、もっと安くなっている。

 

27○ステップ・アップ・クライム、最適巡行高度、オゾン層>

 何もなければジェット旅客機は、巡行高度1万m、約3万フィートを飛行している。これは高度1万メートルが大気が安定していて、雲もなく、エンジン推力と空気抵抗のつり合いがとれて最も燃費の良い高度であるから。ただしこれは巡行時の話で、離陸直後の重たい機体を急激に1万メートルまで上昇させると、上昇時の燃費が悪いので、燃料が軽くなれば高度を上げるなど、少しづつ高度を上げながら、高度1万メートルまで上昇し、その後、着陸に向けて一気に降下する運航形態が採用されている。これをステップ・アップ・クライムという。しかし、国内線のように短い距離では、上昇した後、すぐに下降する必要があるので、せいぜい8000m、2万4千フィート程度までしか上昇はしない。地球大気上空11km〜50kmにはオゾン層があり、特に高度22kmはオゾン濃度が濃い。旅客機はオゾン層の底辺辺りを飛行し、そのまま外気を取り込むとオゾンを濃縮して取り込み、オゾンは刺激性なので人間の体にはよくない。よって旅客機のエアコン内部にオゾンを分解する機械が設置されている。上空では基本的に右側通行であり、仮に、正面から飛行機が向かってきた場合によける場合には右旋回と決まっている。これは上昇して回避するのには機体が上昇するのに時間がかかるし、両機とも降下すると衝突するので、両機が互いに右旋回することによって衝突をさけることになっている。24000フィート以上で巡航する飛行機は少ないので、この高高度では航空機は希望したルートを飛行することが出来る。

28○1964年の国際線の運賃>

 1964年当時、東京ーロサンゼルス間のエコノミークラスの片道料金は、15万6千円で、当時大卒の初任給が約2万円なので月給の約7-8倍。今が大卒初任給20万円と仮定すると、エコノミークラスで片道1140-160万円ぐらいの感覚だった。この当時、パイロットはあこがれの職業ではなく、当時は飛行機の事故が多かったので「危ない仕事」という認識であった。当時のJALパイロットは太平洋戦争時代のパイロット、自衛隊出身者、お雇いアメリカ人パイロットがほとんどであった。

29○航空会社の名前>

 航空会社KLMはKoninklijke Luchtvaart Maatschappij(オランダ王立航空会社)の頭文字から名前をつけた。ルフトハンザはドイツ語で航空会社という意味。カンタス(QANTUS)・オーストラリア航空は、Queensland And Northern Territory Aerial Serviceの頭文字。アリタリア航空はAeroLinee ITALIAne Internazionaliでイタリアの翼という意味。

30○スチュワーデス関係>

 ユナイテッド航空の前身はボーイング航空輸送でボーイング社が創立した会社。サンフランシスコの病院に勤務していた飛行機大好き看護婦、エレン・チャーチが看護婦の資格を持った若い女性の方が、きめ細かいサービスができると言って売り込んで、世界初のスチュワーデスになった。ちなみに、機内でサービスする時は、白衣の看護師スタイルで、当時はスチュワーデスとは呼ばず「看護師」という名称だった。昭和62年発行の文献によると、日本航空では、スチュワーデスの制服は会社から貸し出され、3年間にワンピース9着、ジャケット2着、トレンチコート1着、ボディシャツ5着、ベルト3本、制帽3個、エプロン12枚、ストッキング108足、ハイヒール3足、ローヒール5足、スカーフ5枚、バッグ2個支給されたという。

31○旅客機の整備士>

 整備士は、整備作業を行える航空機やエンジンの限定があり、ジャンボのメンテナンスができる整備士が必ずしも737のメンテナンスができると限らない。ジェット・エンジンもエンジンごとにメンテナンスできる資格が必要。飛行機は年を重ねるごとに故障個所が多くなるが、日本の航空会社の優秀な整備陣は飛行機が年齢を重ねるごとにチェック項目を増やしながら完璧な整備を施している。旅客機は、新型機導入などによって中古で海外に販売される場合が多いが、日本で整備された機体は、状態が良いので人気だという。

32○自動操縦(オートパイロット)>

 旅客機では基本、計器を頼りにして飛行する計器飛行方式で飛行する事が義務付けられており、離陸後及び着陸の直前まで自動操縦で飛行することが基本となっており、安全のために自動操縦を入れたり外したりしていい高度も制限されている。ただし、巡行中にパイロットのマニュアル飛行技術の維持を目的としてマニュアルで操縦している時もある。

 巡航時に人間がマニュアル操縦で水平飛行すると操縦桿の上げ下げによって乗客は船酔いのような状態になる。着陸時は飛行機の制御は自動操縦に任せておき、パイロットは着陸に際して滑走路が視認できるか着陸するかしないかといった判断に集中することで航空機の安全運行につなげている。

 大型の旅客機では、副操縦士が5〜20分ぐらいかけて、飛行前にフライトプラン通りのルート、重量等を飛行機に入力してからでないと、飛ばすことはできないようになっている。

参考文献>「コクピットイズム 09」イカロス出版、2009年

33○急減圧&ゆっくりとした減圧>

 ジェット旅客機は地上と同じ1気圧を保つ最新のボーイング787を除くと客室は0.8気圧に設定されており、これは標高2000mの高原(長野県松本市から山を少し登った程度)と同じ気候になっている。ただし、高高度で空気漏れなどで急減圧状態になると、パイロットは自分で酸素マスクを装着し、酸素マスクの不要な高度(約13000フィート、高度4000m)まで急降下するが、故障などで、ゆっくりと減圧した場合(酸素センサーの故障で、気づかない時)には、気づかないまま低酸素症におちいってパイロットが意識を失う場合がある。こういう場合は、燃料のある限り自動操縦で飛行し、燃料切れで墜落するパターンがほとんどだという。ちなみに、酸素マスクというが、長い時間吸うことはできず、高度5000メートル以上で酸素だけを吸ったら、酸素中毒になって、長時間、酸素だけを吸っていると肺機能が低下して酸素と窒素が混じった空気を吸ったときに生理的に悪影響が生じる。

  旅客機の窓は主に三枚構成で、上空1万mでは一個の窓に約1トンの重量と約70℃の温度差が負荷している。しかしながら、一番内側の窓を除くと、外側2枚のうち、一枚が破損しても与圧に耐えられるだけの強度がある。

 戦闘機では、窓を大きくする必要や、急激な気圧の変化に対応するために、機種によっては0.3気圧程度しか与圧されていないので、高空では常に酸素マスクをする必要がある。人間の耳は飛行機の降下の時など圧力が高まってくる方向には苦痛を感じる(赤ちゃんが泣きだすのは降下の時の方が多い)ので、乗客に苦痛を与えないように降下率は毎分300フィートを限界としてゆっくりゆっくり降下している。

34○離陸速度、ジェット機の特性>

 V1(ブイ・ワン)は離陸決心速度。vはvelocityのvで、速度という意味。スピードなのでS1(Speed 1)とは、なぜか言わない。V1速度は、このスピード以下なら、エンジン推力を減少して急ブレーキ(最近は、離陸時は自動ブレーキが最大になるように設定している。)をかければ滑走路内で停止できるという限界速度。機長は、いつでも推力を落とせるように、V1までは推力レバーに手をかけている。Vr(ブイ・アール)はローテーション速度。離陸に際して機首を上げ始める速度。V2(ブイ・ツー)は、安全上昇速度。高度35フィートになっているであろう速度で、基本的にV1以上の速度では、離陸時にトラブルがあっても、離陸を中止してはならず、問題解決は離陸後に解決することになっている。ただし、実際には、V2速度でも地上から離れていない場合も多く、あくまで目安である。

 実際にはV2速度に+10〜20ノットを加えた速度で高度500フィート以上で旋回開始(500フィート以下で旋回すると高度が下がって危険)、高度1000フィート以上でオート・パイロットをオン、高度1500フィート以上で離陸推力から上昇推力に自動的に切り替え(離陸推力のままだとエンジンに負荷がかかりすぎてエンジン寿命が短くなるので、余裕をみて最大離陸重量は最大推力の60%で計算している。)、高度3000フィートまで上昇していくそうだ。離陸直後に問題があれば、着陸には重すぎるので燃料を空中廃棄してから着陸するものと聞いていたが、あれはB747など国際線大型機の話であり、B737やA320クラスの小型旅客機は、燃料を多く積んでいないので、そもそも空中燃料廃棄装置が設置されていない。高い高度では空気抵抗が少ないのでスピードを出すことができるので、結果的に燃料が少なくて済む。一方、空気の濃い低空ではスピードを出すのに推力が必要となり、燃料を多く消費し、特に低スピードではフラップを出して揚力を確保するために推力が必要など、燃料を多く消費する。Vrefは着陸時の滑走路末端のスピードで失速速度の1.2-1.3倍のスピード。

35○非常脱出時のパイロットの役割>

 パイロットの制帽は、客室乗務員は、非常脱出時には各自の持ち場が振り当てられており、副操縦士(コーパイ)は、先頭のドアから真っ先に機外に出て客を誘導する役割がある。一方、機長(キャプテン)は機体の一番後方が持ち場で、すべての客が脱出したのを確認した後に脱出するという役割がある。この状況は映画「ハドソン川の軌跡」でも見られる。

36○パイロットの帽子、制服>

 パイロットの制帽は、飾りではなく、機体の外部点検の時に、上を見て歩いているときに、機体からオイルなどが垂れてきたときに帽子のつばで目を守るという役割がある。また、機体に頭をぶつけるときに守ってくれたり、簡単な雨除けにもなるという効果もある。パイロットは、搭乗すると、すぐにドアについている帽子ばさみに帽子をはさんでいる。パイロットの制服は、世界中で基本的に同じような服装をするというルールがあり、客や空港スタッフにパイロットであることを分かりやすく示す意味がある。ちなみに、日本航空のパイロットの制服は黒であるのに対して、全日空のパイロットは黒に近い濃紺であり、両者の制服の色は微妙に違う。また、ワイシャツも、胸ポケットのデザインが若干異なっている。日本航空、全日空ともに初期は、銀座の洋装店「羊屋」でパイロットスーツ、シャツ、制帽を仕立てていたが、現在、オリジナルの羊屋は廃業し、仕立てを引き継いだ企業があるとされる。JALに関しては、主に外国路線が多く、米国人パイロットも多かったので、アメリカ製の制帽の存在も確認されている。ANAでは平成時代の帽子は銀座松坂屋製であるようだ。羊屋製の日本航空のパイロットジャケットには、「Hitsuji-yaのロゴ&JALのウイングマーク」が縫い付けられている。

37○パイロットのトイレの行き方>

 コクピットには近くのトイレの空き状況を知らせるランプがあり、トイレ使用中のうちから、コクピット・ドアの小さなのぞき窓から人が出るのを見ておいて、人が出た瞬間を狙ってトイレに駆け込むようにしている。この際、同僚パイロットは操縦できる人間が一人になるので、高度2万5000フィート以上での巡行状態では急減圧に備えて、酸素マスクを装着している。また、高度4万1000フィート以上の巡行状態では急減圧に備えて、パイロットのうち、一人は必ず酸素マスクをつけている。

38○サイレント・サーティ・セカンド>

 フライト・アテンダントさんは、離着陸時に緊急時の行動を思い浮かべるために、30秒間目をつぶってイメージ訓練をしている。これをサイレント・サーティ・セカンドという。

 

39○空港での天気観測>

 日本には約90の空港、世界には空港と呼べるものが1万ヵ所以上あり、空港の規模に応じて気象関係の役所が設置されて24時間体制で天気観測を行って空港内外の世界中の関係者に連絡している。日本の各空港の気象データは気象庁のサイトに行けば1時間ごとの天気の移り変わりを見ることが出来る。これによってどんなに長距離の飛行においても、到着予定空港の到着時の天候が事前に分かるようになっている。

参考文献>「飛行機の事情」、東京堂出版

 

40○航空ファン>

 航空機の調査(スポッター、スポッティング)、撮影を趣味にする人、搭乗を趣味にする人、時刻表、航空路を調べるのが楽しい人、航空機の操縦、所持を趣味にする人、航空機の本、模型、ラジコン、グッズ、廃品を収集する人、航空無線(エアバンド)を傍受して楽しむ人。フライトシミュレータ(パソコンレベル、本物のシミュレータ)を楽しむ人。ハンググライダー、グライダー、ウルトラライトプレーン、熱気球、軽飛行機。

41○旅客機の巡航角度>

 巡航状態では、飛行機は水平ではなく、約3度の迎え角になっている。よって、フライト・アテンダントさんが後ろから食事を配る際は、上り坂なので非常に重い。シート付属のトレーは、飲み物がこぼれないように、わざと3度前下りで止まる(水平にはならない)ようになっている。ちなみに旅客機が滑走路に近づくときは機首が下に3度(進入降下角)下がって降下するのが標準で、滑走路の手前で機首を引き起こしてメインギヤから接地するようになっている。

42○大型旅客機の飛行経路関係(どこをどんな風に飛行しているのか)>
 
 旅客機がどのように日本上空を飛行しているかは、複雑すぎて記述できないが、手元の資料を元におおまかに紹介。

  日本の1960年代後半は、飛行機の数が少ないのどかな時代であり、当時の飛行は気象条件さえよければ離陸すると自分の好きなルートで飛行していた。乗客サービスのために富士山の近くを飛行したり、飛行時間の短縮や燃料の節約を競ったこともあったという。当時は飛行機の便数も少なく、同じ時間に同じ航路を飛行する機数は少なく、有視界飛行の時は自分の好きな航路を選んで飛行していた。

 大型旅客機の飛行ルートは、「我々が車で高速道路に入って高速道路を走行し、高速から降りるルート」に構成が似ている。つまり、一般道が「滑走路」に相当、高速道路に入る上り坂が「離陸ルート(SID)」、高速道路に合流する道が「トランジション・ルート」、高速道路が「航空路(エン・ルート)」であり、高速道路の車線の種類(本道、追い越し車線)が「飛行高度(フライトレベル、FL)の違い」になっている。ジェット旅客機は、高度10000m(約3万フィート)付近の巡行が一番、燃費が良くフライト出来るので、長距離の国際線では高高度の航空路が割り当てられる。一方、国内の短距離路線では巡航高度まで上昇後、すぐに下降開始しなければならないので、高度1万フィート程度の航空路が割り当てられる。航空路自体は同じ路線でも複数設定されており、風の事情、航空管制の事情で、適宜、変更されるので、毎回のフライトで航路、高度が変わるものだそうだ。

<離陸して航空路に入る過程> 

 主要な空港では離陸ルートとしてSIDルート(Standard Instrument Departure、標準計器出発方式)という見えない空の道が複数設定されており、航空路に入る途中の過程としてトランジション・ルート(Transition route、遷移ルート)を通過して、規定の航空路(エン・ルート)に入る。多くの場合は、離陸後すぐに自動操縦に切り替えて、管制官の指示を受けながら、事前にコンピュータに入力したルートを随時、状況に応じて管制官の了承を得てから変更しながら自動飛行するらしい。巡航中は、管制官と随時連絡を取りながら、オートパイロットが正常に機能しているかを随時モニターするのが仕事であり、弁当を食べている時間も随時、計器をチェックしている。飛行ルート途中に大きな積乱雲などがあると航空管制にルート変更を申し出て積乱雲の上を通り越したり、迂回する(デビエーション)こともある。

<目的の空港に着陸する過程>

 航空機は安全のために基本的に向かい風方向に着陸するので、目的空港の風向きによって進入ルートは毎回、変更されている。以下に示すSTAR方式は、安全第一で、たいていは回りくどいルート設定になっていて、最近では「レーダー管制」という方法による誘導が主流になっていてILS電波の届く領域までSTAR経路とは別にレーダーで監視されながら誘導される。ILS方式では装置が正常に作動していれば自動操縦装置と連結して自動的に降下することが可能で、この時、管制官を必要としない。乗客に不快な思いをさせない降下率のリミットは300フィート/マイルとされており、(例えば高度30000フィートに飛行中なら100マイル離れたところから降下しないといけない(高度15000フィートなら50マイル前)ことになる。)、管制官の指示に従って降下しても、高度が高すぎる場合があるらしい。

 航空路を経由して目的の空港に近づくと、STARルート(Standard Terminal Arrival Route、標準ターミナル到着ルート)が設定されている場合は、STARの経路に従って降下し、「ILS/ローカライザー(空港によってはILSだけ)」の誘導にしたがって空港に最終進入して着陸する。

 しかし、最近はGPSの精度も向上しているので、RNAVルートによる航法が主流であり、設定されているRNAVルートにしたがって航空管制を受けながら、空中に設定された特定のウェイポイントまで行って、ILS電波を受信して空港に自動飛行で降下していくことが多い。

 多くの場合は、3度の降下角度で空港直前まで自動操縦で誘導されており、空港の着陸条件に応じて、条件が悪い時には着陸復行(ゴー・アラウンドという)を行って着陸をやりなおすか、事前に予定していた代わりの空港に向かう。(これをダイバートという。)着陸直前にはメイン・ギヤから設置するために、機首を5度程度引き起こして着陸する。(フライ・バイ・ワイヤ方式のエアバス機はフレア(引き起こし動作)は不要らしい)これは飛行機に紐をつけて振り子のようにしたときにちょうど振り子の真下で着陸するイメージである。

 空港設備などの条件がそろっていれば、最近の旅客機は自動着陸することが可能であるが、横風が強い場合や自動着陸の途中で故障した時の対処法などを考える手間、パイロットの着陸テクニックの温存を勘案すると、ほとんどの場合、最後の最後はパイロットが手動で着陸させているそう。

 ちなみに、現在の日本航空では、着陸に際して滑走路から300mの高度以下で着陸するかの重大な決断を行うようになっており、安全な進入、着陸ができるための定められた条件(滑走路からの位置、降下率、速度)のうち、どれか一つでも外れていればゴー・アラウンドする決まりになっており、コクピット内でだれかがゴー・アラウンドと叫べばパイロットはゴー・アラウンドする規則になっている。

 飛行機が着陸する際に決心高度(DH)までに、滑走路の状況が見えないなどで着陸をやり直す操作をミスト・アプローチ(進入復行)という。一方、滑走路上に、飛行機がいた場合や強い横風の影響を受けて着陸をやりなおす場合の操作はゴー・アラウンド(着陸復行)と呼ぶ。

 最新のSID, STAR, RNAVルート、航空路は、国土交通省傘下の「AIS Japan(Japan Aeronautical Information Service Center)」というサイトで公開されており、一般人でもアカウントを作成すると各空港のSID,STARなどが入手可能。ただし、一つの空港でも他種類のSID,STARが設定されているので、よほど興味がないと辛いかも。フライト・シミュレータ・ファン向けには、イカロス出版から「出発進入経路マップ」、「空港着陸コースマップ」という便利な本が販売されているが、フライト・シミュレータ内の古い航空路マップと違うことから、あまり参考にならないことも。

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43〇航空管制の世界>

 航空機はターミナルで動き始めてから離陸して目的地に向かって、着陸してターミナルに止まるまで、常時、航空管制官の指示に従っている。しかしながら、最終的に重要なのはパイロットの判断であり、自らルートを決めて運航したり、着陸したりする場合もある。管制官の指示に対してパイロットが指示を復唱することによって意思疎通の確認をするのが基本で、指示に使われる用語も決まり文句になっている。離陸する航空機には風の情報を先に言ってから許可し、着陸は先に許可してから風の情報を言っている。降下の指示はDescend(降りる)で、英語的に上るはAscendだが、無線による聞き間違いを防ぐために、上昇の指示はClimb(登る)を使用する。イエス・ノーは聞き取りやすくするためにAffirm(肯定する)とNegative(否定的な)を用いる。

 安全のために、滑走路は常に一つの航空機しか使っていない状態にするのが基本。毎日の混雑する時間では航空管制官は1度に15機の航空機を誘導している。航空機はしょっちゅう鳥にぶつかっており、鳥の亡骸の回収や、エンジンオイルの漏れ、ボルトの脱落などで、羽田空港では平均して一日に一回くらい何らかの理由で滑走路が短時間閉鎖されている。平均すると航空機が滑走路を使用する時間は約2分であり、着陸した航空機が滑走路から出るのに手間取った場合は、後続の着陸態勢に入った飛行機は着陸復行(ゴー・アラウンド)を指示されるので、ゴーアラウンドは、必ずしも航空機に異常があった場合だけではなく、羽田空港では200分の1回、1日2くらいゴー・アラウンドするように設定している。航空管制官は国家公務員で日本では1900人が働いている。

 日本の場合、管制官は公務員が担当しており、常に緊張が強いられる過酷な職場である。例えば東京航空交通管制部では40-50人の管制官が1日に約3500機前後の航空機を完成しており、勤務5日目が休みになるサイクルで毎日勤務時間がずれる体制で勤務している。勤務中はミスを起こさないために集中力が大事で食事も15分ほどですませるという。また日本全体の空域の管制も行うので、1日24時間、365日管制業務を行っている、

参考文献>「航空機は誰が飛ばしているのか」、日本経済新聞社

 

44〇飛行機の重心、翼の温度、燃料>

 飛行機は搭載燃料と貨物の重量はあらかじめ分かっており、チェックインを締め切った時点で客の重量(基本的に客は荷物込みで90kgとして計算する)は決定される。よって、この時点で、飛行機の総重量が決定し、お客の座席位置の分布に応じて、決められた重心内に重心がくるように貨物の置き場所が決定される。また、どうしても重心位置が収まらないときには、鉛のバラストを積んで重心を整えることもあるらしい。飛行中は飛行機の重心の移動は敏感なものがあり、例えば客が少ない状態で片側に富士山が見えて大勢の客が移動すると傾き、前後方向では客室乗務員が移動したのも機体の微妙な姿勢の変化からわかるそうだ。飛行中に空いている席があるからといって勝手に移動すると重心がずれるので、エコノミー席でも勝手に席の移動は禁じられている。旅客機の翼には、軽量化と強度維持のためにジェットA燃料と呼ばれる燃料が詰まっており、この燃料は-35℃以下になるとゲル状になってジェット・エンジンに流れにくくなってエンジン停止の原因になる。巡行高度11000mの気温は-56℃であるが、マッハ0.85の巡行速度では大気の断熱圧縮によって機体表面は30℃も上昇し、結果的に翼面は-20℃となっている。それで燃料自体は熱いエンジン・オイルと熱交換器によって温めているが、それでも燃料が-35℃以下になりそうな時は飛行ルートを変更するなどして対処している。飛行機に搭載する燃料としては6種類が考慮されており、それは離陸に向けての地上走行のための燃料(タキシング燃料)、飛行に使用する燃料(バーンアウト燃料)、代替空港に向かうための燃料(オルタネート燃料)、補正燃料、空中待機燃料(ホールディング燃料)、補備燃料(エキストラ燃料)であり、これらの合計量が搭載燃料となっている。

45〇場所によっては太陽は西から登るように見える>

 太陽は東から登るのが普通で西に沈むのが常識であるが、北緯55度、南緯55度以上の高緯度地域、(北緯55度はモスクワから北の地域)でジェット機で西に飛行する(例えば米国を昼に離陸して日本などの西方向に向かう飛行)と太陽の移動速度(実際には地球の自転速度)よりも早く飛行することができるので、理論的には飛行速度を調整すればずっと太陽を追いかけることが可能で、かつ太陽の運行速度よりも早い飛行速度ならば太陽が西から登るように見える。

 

46〇空港に台風が接近したら>

 日本付近に接近する台風に限定すると、多くの台風はグアム沖で発生し、台湾、沖縄を経て日本を縦断していく。よって、多くの台風は時速30-60kmで何時ごろ空港に来るか分かり、空港が影響を受けるのは数時間なので、飛行時間が1-2時間の国内線は欠航(一日何便も出ている路線もあるので)、長距離路線では出発を数時間遅らせることによって欠航しないようにしているという。フィリピン、台湾、沖縄など強い勢力で台風が来る場所で夜間の駐機中に台風が空港を直撃することが予想される場合は、高価な航空機を守るために香港、上海、関西などに避難させることもある。飛行ルート上に台風がいる場合は、遠回りしての回避が基本であるが、国際線などの飛行高度が高い場合は勢力の弱まった台風の上空を飛び越えることも普通に行われている。衛星写真でよくみられる「台風の目」は勢力の強いときに発生するものであり、勢力の強い台風は大型であるので台風の上空を飛び越えることは出来ない。よって、通常は旅客機から台風の目は見えることはない。

47○旅客機の進化はヨーロッパから>

 世界初のジェット旅客機コメットの初飛行(1949)。シュド・カラベル(DC-9のような機体後部リア・エンジン設置したはじめての機体)の初飛行(1956)。世界初の超音速旅客機コンコルドの初飛行(1965)。A300(ワイドボディ旅客機の初めてのパイロット2人運行、従来はフライト・エンジニア込の3人乗務)の初飛行(1972)。A320(世界初の完全フライ・バイ・ワイヤ機、サイドスティックの採用)の初飛行(1987年)。

 

48○航空機は空気の密度(大気圧、気温、標高)の影響を大きく受ける>

 空気の密度と揚力は比例関係にあるので、空気が薄い(=気圧が低い、高度が高い、標高が高い、気温が高い)と燃料を多く積んだ状態での離陸は困難になる。また、ジェット・エンジンは、空気を圧縮して燃料を燃やすので、空気が薄いとスピードを出すための推力も低下してしまう。推力不足=離陸スピード不足=翼はスピードで揚力が決まり、離陸時の気温が33℃を超えると顕著にこの効果が出始める。よって、成田空港から離陸するジャンボの場合、気温が33℃から34℃になった場合、気温が1℃上昇しただけで、離陸重量を2.8トン減らさなければならない。また、離陸準備中に気温が急上昇した場合に備えて、パイロットは予想気温よりも高い場合の離陸重量もデータとして持っており、場合によっては駐機場に戻って荷物や乗客を降ろすこともあるという。

 

49○偏西風とジェット気流>

 ジェット旅客機の国際線は燃費の良い高度1万メートル(約3万フィート)を巡行し、ちょうどこの高度付近は北緯及び南緯30-60度付近では偏西風とよばれる「強い西から東に吹く風」が年中流れている。ちなみに赤道付近には、貿易風とよばれる東から西に流れる強い風が吹いている。赤道付近で発生した台風が貿易風でフィリピン方向に流され、北上するにあたって偏西風の影響を受けて進路を反転し、日本に向かってくるのはこの風の影響による。偏西風は高度9-14kmに存在するが、特に高度11kmあたりの最大で時速360kmにもなる強い風をジェット気流と呼ぶ。ジェット気流の発見者は日本人であるが、当時はインターネットなどの発表媒体もないので、アメリカで発見されたことになっている。アメリカがジェット気流の存在に気付いたのは、第二次世界大戦中にB29爆撃機が日本空襲する際に、サイパンから日本に行く途中で、強い偏西風によって東に流されてなかなか日本にたどりつけなかったのが原因とされる。ちなみにB29は当時の最先端技術で機体が与圧されて高度1万メートルの高高度を飛行可能であった。高度1万メートルでは酸素が薄く、当時の日本の戦闘機は酸素マスクを装備していなかった(酸素が薄いと人間は気絶する)&空気が薄いので普通のプロペラ機ではこの高度に到達できなかった(燃料を燃やす酸素自体が少ない)ので、鈍重で巨大な爆撃機でも、日本の迎撃戦闘機が無力化できるものであった。ジェット気流にも特徴があり、簡単にいうとジェット気流は巨大なトンネルのようで長さ、数千キロメートル、幅、数百キロメートル、厚さ、数キロメートルで、ジェット気流の中心部が最も流れが速く、ジェット気流自体は、季節や条件によって絶えず変化している。一番、影響を受けるのが冬の日本ーハワイ線であり、ハワイ行はジェット気流の追い風を受けて短時間で到着するのに対して帰りは、強烈なジェット気流の向かい風を受けて対地スピードが上がらず、ジェット気流を避けるにも、そうそう遠回りすることもできないので、ハワイ行に比べて日本行きは飛行時間が5割増しになる。

参考文献>「飛行機の事情」、東京堂出版

50〇航空無線上の文字の通信方法>----

 航空業界では、無線の聞き間違いを防ぐためにアルファベット、数字の読み方を決めている。

 例えばJA8905便は、J(ジュ・リ・エット)A(アル・ファ)8(エイト)9(ナイナー)0(ジーロウ)5(ファイフ)という呼び方で交信する。

 交信周波数の○○.○の(点)は、デシマルやポイントと発音する。○デシマル○とか。

A アル・ファ、B ブラ・ボー、C チャー・リー、D デル・タ、E エコ・オウ、F フォックス・トロット、G ゴルフ、H ホ・テル、

I イン・ディア、J ジュ・リ・エット、K キー・ロ、L リー・マ、M マイク、N ノ・ヴェン・バー、O オス・カー、P パ・パ、

Q ケ・ベック、R ロウ・ミ・オー(ロミオ)、S シ・エラー、T タン・ゴ、U ユー・ニフォーム、V ヴィク・ター、W ウイス・キー、

X エクス・レイ、Y ヤン・キー、Z ズー・ルー

0 ジーロウ、1 ワン、2 ツー、3 ツリー、4 フォウアー、5 ファイフ、6 シックス、7 セーブン、8 エイト、9 ナイナー

100 ハンドレッド、 1000 タウザンド

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51○飛行機とジェット・エンジン開発の歴史年表>

 以下は「飛行機物語」中公新書を参考にして作成。

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西暦  出来事

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1738 ベルヌーイ、ベルヌーイの定理発表
1783 モンゴルフィエ兄弟の熱気球
1791 イギリスのバーバーがガスタービンを考案
1804 ジョージ・ケイリー 尾翼のついた飛行機(グライダー)を考案
1872 ドイツのシュトルツェがガスタービンを製作
1883 レイノルズ 流体の粘性に関する相似則を明らかにする。
1889 リリエンタール兄弟がグライダーを作製(累計2000回以上飛行)
1891 日本の二宮が「からす型飛行器」という模型を製作。本機には車輪もプロペラもついていた。
1894 ランチェスターが翼の理論を構築&翼端渦を発見
1896 オットー・リリエンタール(兄)、グライダーで墜落死
1899 ライト兄弟 飛行機の研究開始
1900 ライト兄弟 グライダー作製
1903 ライト兄弟キティホークで動力初飛行
1906 ドイツでジュラルミンが発明される
1908 フランスのロランが間欠型ジェット・エンジンを考案。イギリスのデハビランドが会社設立(デハビランド社)
1909 米国のカーチスが飛行機を製作、ドイツのユンカースが飛行機を製作。ルーマニアのコアンダがジェットエンジン付きの複葉機を作製
1912 フォッカーがドイツにフォッカー社設立
1916 米国ロッキード兄弟がロッキード航空機製造会社(ロッキード社)設立
1915 ユンカースが全金属製飛行機を作製
1916 フランスのブレゲーが飛行機を作製、航空会社(エール・フランスの前身)も設立。米国のボーイングが飛行機製造会社(ボーイング社)を設立。
1920 米国のダグラスがダグラス社を設立。
1922 ドイツのドルニエが会社を設立し飛行艇を製造。米国のスタウトが全金属航空機会社を設立(この会社は後にフォードに統合される。)
1928 米国のノースロップが飛行機会社を設立(ノースロップ社)
1935 伝説の旅客機DC-3初飛行(累計1万機以上生産)
1937 イギリスのホイットルが、パワージェット社を設立して現在の原型となるジェット・エンジンを作製。ドイツのオハインがジェット・エンジンを開発
1939 ハインケル社のHe178(オハインが開発したジェット・エンジン)がジェット機として初飛行
1940 ロールス・ロイス社がローバー社からパワージェット社の技術を導入。この頃からアメリカの航空会社は安全性に優れた計器飛行方式を標準化する。
1941 グロスター社のジェット機E28/39がホイットルのジェット・エンジンを搭載して初飛行。

1942 デハビランド社製のジェット旅客機コメットが初飛行
1945  第二次世界大戦で日本が敗戦し、航空関係が一切禁止される。

1947 ベルX-1 世界初の超音速水平飛行。大型ジェット機の原型となったボーイングB-47初飛行
1951 サンフランシスコ講和条約が締結され、日本で飛行機を飛ばせられるようになる。

1957 ボーイングB707初飛行
1958 ダグラスDC-8初飛行
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52○空港関係

○空港関係>世界一発着が多い空港は、デルタ航空の本拠地アメリカ ハーツフィールド・ジャクソン・アトランタ空港で年間90万回(一日2465回1200回の離陸→離陸専用の滑走路が一つと仮定すると、1時間に50回、ほぼ1分ごとに24時間、365日離陸)の発着回数。
 羽田空港は日本最大の空港で2007年の年間利用者数は約6700万人、年間30万回(一日400回の着陸、400回の離陸)の昼定期便が離発着し、一日に新千歳空港行きが約51便、福岡空港行きが約46便、伊丹空港行きが28便、那覇行きが約23便ある。羽田空港の地下には総延長40kmに及ぶ燃料の配管が巡らされており、300ヶ所の給油口から、機体に給油されている。

 日本には米軍や自衛隊と共用している空港が8か所あり、これら共用空港ではほとんどの場合、軍側が管制を行っている。これはスクランブル発進の時に、軍用機を優先させるとともに、燃費の悪い軍用機を先に着陸させるための意味がある。

 空港の滑走路は大型機では300トンの物体が空からひっきりなしに一年中降ってくる衝撃に耐える強度が必要になる。映画ではセスナが高速道路に着陸するシーンがあるが、ジャンボクラスの旅客機は普通乗用車の200倍以上の重さと着陸時の荷重がかかるので高速道路に着陸はできない。ジャンボが下りられるような国際規格の滑走路はアスファルト部分だけでも2-3mの厚みがある。大型旅客機用の国際線規格の滑走路は幅60m長さ3000m以上であるが、例えばA380の翼幅は約80mと大きく、翼幅よりも狭い幅60mの滑走路内に着陸するには、いかに正確に着陸する技術が必要か分かる。

 成田空港は離発着にともなう騒音の関係で離発着が出来るのは午前6時から午後11時までに制限されており、緊急事態でない限り、時間厳守となっている。よって、風の都合で予定よりも早く到着した便は着陸許可が出るまで上空で旋回して待機し、午後11時に間に合わない便は周辺空港に行き先を変更するなどの措置を行うが、実際にはお客に迷惑がかかるので、そういう事態にならないようにいろいろ工夫されている。

 世界ではじめて設置された空港はアメリカのオハイオ州デイトン郊外にある「ハフマン・ブレイリー・フライングフィールド」。ここは人類として初めて動力飛行(エンジン付きで自力で離陸着陸したということ。ちなみにドイツのリリエンタールは、ライト兄弟以前に200回もグライダーで飛行している)した自転車屋のライト兄弟がノースカロライナ州キティホークでの初飛行後に、銀行家ハフマン・ブレイリーの援助を受けて飛行場を作り飛行実験を繰り返した場所で、現在はすぐ隣に「ライト・パターソン空軍飛行場」がある。 

53その他

○ヘリコプタなど繊細な操作が必要な航空機の場合は、右利きの人間が多いのでフライトスティックを右手で操作し、左手で推力レバー(スロットル)を操作するので、旅客機とは異なり、右側が機長の席。一人乗りの戦闘機は、左右の区別はないが、右手でフライトスティックを握り、左手で推力レバーを扱う。最近の旅客機は、頻繁に推力レバーを触る必要はないので、船の習慣にともなって左側が機長席。飛行機は基本、左旋回であり、理由は不明だが、これも左折の方が人間の特性に適しているからだという。

○飛行機は向かい風に向かって離陸、着陸するのが原則であるが、離陸時はスピードがどんどん増加するので必ずしも向かい風でなければならないということはない。しかしながら、基本的には向かい風方向で離陸するので、風の方向が極端に変化する日などは、空港での観測結果によって滑走路方向が頻繁に変更される。一方、着陸時はスピードが遅くなるので、向かい風がないと着陸スピードが早くなるので向かい風が好ましい。着陸ルートは風の方向、その他によって随時変化する。よって、毎回のフライトで飛行ルートが変化する。空港が新設される場合は、建設予定地で1日8回以上風向き、風速の計測が3年以上行われ、観測された風のデータによって滑走路の方向が決定される。

○日本の大手航空会社は、最近のボーイング機が準日本製である&米国に配慮して、なるべくボーイング機を導入する傾向が見られたが、最近ではエアバス機も導入している。ボーイング機とエアバス機は操縦システムの思想が異なるので、パイロットは会社の都合によってボーイング系とエアバス系に分かれて乗務する。

○プロペラ機は、雲の下を飛行するので見晴らしは良いが、揺れやすく、欠航しやすい。ジェット機は気流の安定した雲の上を飛行するので揺れにくく、欠航しにくい。

○上野の国立科学博物館は、上空から見ると飛行機の形をしている。これは開設された1931年当時、航空機は最先端技術だったから。

○離陸時に、ガタン、ガタンという音が聞こえるのは、機体の前輪が滑走路中央のライトを踏んでいるため。音がする=きちんと滑走路中央を走行している事の証明でもあり、パイロットによっては乗り心地重視で、微妙にずらして、音がしないように心がけている人もいる。主輪が滑走路を転がる振動はザーっという音がする。昔は、いつ着陸したかわからない「シルキー・ランディング」が、名パイロットのあかしであったが、最近では、いつ地上に設置したかわからず、地面効果で滑走路上をふわふわ漂流(フローティング現象)して、着陸すべき滑走路が短くなるのを恐れて、「地上に設置したことがはっきりと分かる程度のショック」で着陸することが標準になっている。また、濡れた路面で、タイヤが滑らないように、滑走路に強めにタイヤを設置させる意味もある。

○旅客機は高い安全性が求められるのでエンジンなどは常に新品同様に整備されており、保守などを確実に行っていれば40、50年は飛行できるが、実際には経済的理由からおよそ30年程度で廃棄される。新型機が安全という保障はなく、未知の危険が潜んでいる確率が高いので、不具合の出尽くした旧型機がトラブルが少ない傾向がある。

○旅客機は高速で飛行するために空気抵抗を小さくすることは大事で、汚れのひどい翼の前縁、機種部分、エンジン回りは5-7日ごとに部分洗いする。また、30-45日ごとに飛行機全体を洗う。747クラスでは、20人かかりで約4時間ほどかかり、その後、25人で16時間かけて機体全体を磨いていた。一回の洗浄で洗剤30L、水20トンが消費され、運航の終わった夜間から深夜にかけて行われる。

○ロッキード社は飛行機に星のニックネームをつけるのが伝統で、トライスターはオリオン座の真ん中の三ツ星、コンステレーションは星座、ロードスターは道標の星=北極星、ギャラクシーは銀河、オライオンはオリオン座という意味。

○基本的に静かな座席は機体前方でジェットエンジンの前部分。DC-9やボーイング727などは構造的にエンジンが一番後ろについているので、当時の騒音レベルとしては機内が静かとして人気があった。経験的に言うと旅客機事故時に一番安全なのは、座席最後尾の中央部、垂直尾翼の下あたりと言われている。事実、フライト・レコーダーやボイス・レコーダーはこの部分に設置してある。

○実際に飛行機を操縦するのは、主に機長で、副操縦士は無線関係や補佐役を行っているが、これらパイロットだけで旅客機を運航しているわけではなく、整備士が毎回新品同様に整備し、飛行前に地上のディスパッチャーと飛行プランを作成し、運輸省の許可を得て飛行し、管制官の許可を受けて飛行機を動かし、飛行中は他機のパイロット同士で情報交換し、会社の担当ディスパッチャーの補佐をうけながら旅客機を運航している。基本的にフライトプランは、航空会社のディスパッチャーが作成し、昔は計算盤を使用して1時間以上かけてフライトプランを作成していたが、現在ではコンピュータにデータを入力すると10秒程度でフライトプランが作成されるようになっている。

〇天気が良い場合の飛行高度と見える範囲の関係

高度35000フィート (約10000m)で約422km先。岡山上空10kmから富士山頂上が見える範囲

高度20000フィート (約6000m)で約320km先。

高度10000フィート (約3000m)で約230km先。

高度5000フィート (約1500m)で約160km先。

〇航空図「ジェプセン・チャート Jeppesen Chart」

 ジェプセン・チャートは、正式にはジェプセン・エアウェイ・マニュアルという名称で、ほとんどの全米の航空会社が採用し、日本でも採用されている飛行機運航用地図。もともとは1934年にアメリカのジェプセン機長(Elrey.B.Jeppesen)が個人的に作成した手書きのメモが始まりで、航空郵便のための空港への進入方式図や空港の図面を描いたものだった。1930年代には、飛行機用地図も、正確な山の高さを記述した地図もなく、当時のパイロットは地上の目標物をたよりに郵便物を飛行機で運んでいた。当時は、一冬で航空輸送会社のパイロットの4分の1が亡くなるぐらい、危険な職業であった。また、操縦席は吹きさらしで、寒く、当時のパイロットは飛行服や飛行靴を二重に着込んで寒さに耐えるしかなかった。当時の新人パイロット達が、ジェプセン機長のメモの存在を知って、分け与えたのがはじまりで、人気であったことからジェプセン機長が起業して会社を設立した。現在はボーイング社傘下に属しており、毎月2000枚のチャート(地図)を更新し、世界中の航空会社に送付している。B777などのハイテク機あたりからは、航空図はコクピットの液晶画面に表示されるようになっており、地図情報はICチップに収められ、ほぼ毎月、ICチップを入れ替えて世界中の最新情報の入った地図が旅客機に入力されている。

詳しくは「航空図のはなし」、成山堂書店を参考にされたし。


  日本の大手航空会社に所属するパイロットは約6000人。老舗の航空雑誌エアラインの出版部数は月10万部。実売で7万部売れていると仮定し、毎月購入しない人が5倍いると仮定すると、日本の航空ファン(民間機)は約35万人というところでしょうか。日本人の100人に1人の割合が100万人ですので、民間機の航空ファンは少ない部類でしょう。LCCなど格安航空会社が普及した最近でも、地球規模からみると旅客機に乗れる人は世界人口の4-5%だそう。

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